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諦めと受け入れる事の違い

今日は、ロスに居る古い友人から電話をもらい、1時間半もおしゃべり。
彼女は子供の頃からアメリカに居るため、中身はアメリカ人。とってもオープンな付き合いが出来る、数少ない友人のひとり。

今日の電話での会話で気付かされた事、それは

諦め受け入れることの違い


私は股関節の手術を3年前に受けて、それを機にまた思いっきり踊れるという期待に胸を膨らましていましたが、終わってみれば後悔の嵐。良くなるどころか、歩く事も辛いぐらい悪化しました。
それでも痛みと戦いながら、ダンスの仕事をこなす日々。頼みの綱は、私のど根性だけ。でも、2年で限界が来ました。ある日「これ以上続けたら、私は普通の生活も出来なくなる」と確信したのです。

そこから私の決断は早かった。6ヶ月後には15年住んだアメリカを離れ、帰国。日本に帰る事で、ダンスから離れるように仕向けました。こうでもしなければ、自分を止める事は出来ないのが分かっていたので。


15年間、ほぼ毎日踊っていたのに、
日本に帰って全く踊らない日々。体力も筋力も失い、鍛え上げた身体はどこへやら。

「本当にこれでいいのか?これでいいんだ」
毎日が葛藤でした。


でもある日、

ダンスはステップじゃなく、テクニックじゃなく、カウントじゃなく、
それ以上のもので、繊細で、
私そのものを表現する手段の一つなんだっ...て理解してからは、

ダンサーでいる事のプレッシャーとか、先生として完璧でいなきゃいけないとか、美しい身体を鍛え上げないといけないとか
そういうの全部どこかに消えました。



今まで出来ていたジャンプとかターンとかが出来なくなり、それを諦めたのではなく、
それが出来なくなった自分を受け入れる。
他人が何と言おうと、それが今の私。考えても仕方ない。
だからそのまますんなり受け入れる。

もし批判する人がいれば、その人たちに問題があるのです。なぜなら、その人たちも、そういう理想やプレッシャーに縛られているから、きっと比べてしまうのです。



38歳になるこの時に、
技術的なもの以上の表現をしなさいって、次のステップへ行く切符を頂いたのです。

そう思うと
これからの自分にワクワクします。


私は、今の自分を受け入れています。

でも、

まだまだ進化すると知ってるから、前進するのみ。


ダンスは私の感情を高ぶらせ、色々な時に私を救ってくれたかけがえのない
大事な友。

たとえ少し離れていても、いつでも待っててくれる存在です。
あとは、自分がいつそこに戻るかだけ。



壁にぶつかった時、
壁を壊そうとか、よじ登ろうとせず
その前に静かに座ってみるのもいいかもしれません。

開けれるドアは見えてないだけで、

そこら中に沢山あるかもしれません。











コメント

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